アスリートレポート

2016年5月 2日

佐藤圭一、2年連続でアジア王者に君臨!

広島県廿日市市で4月29日(祝)に行われたASTCアジアパラトライアスロン選手権。エイベックス・チャレンジド・アスリートの佐藤圭一選手が、1時間3分7秒の好タイムで優勝し、アジア選手権連覇を達成しました。

レース前日の記者会見で「ディフェンディングチャンピオンとして優勝を狙っていく」と宣言した佐藤選手。「課題のスイムでは遅れても、バイクとランで上げていくとイメージしていたレース展開と同じようにできた」と、会心の走りを披露してくれました。

リオ出場枠争いが佳境を迎える中、次のポイントレース開催地は5月14日(土)の横浜。「横浜は街の中のレースで見やすいと思うので、僕の走りを見られるチャンスがあればぜひ観て欲しい。昨年の世界選手権チャンピオンも出場するので、それを見て、こういう競技なんだというのをわかってもらいたい。わかってもらえるように自分もがんばります」と、意気込みを語りました。アジア王者の佐藤選手のレースを、ぜひ生で体感してみてください!

【記録】
スイム:14分05秒
トランジション1:1分09秒
バイク:28分20秒
トランジション2:58秒
ラン:18分35秒
総合タイム:1時間03分07秒

佐藤圭一、2年連続でアジア王者に君臨!

佐藤圭一、2年連続でアジア王者に君臨!
得意のバイクでトップに躍り出ると、そのままゴールまで独走だった。

佐藤圭一、2年連続でアジア王者に君臨!
多くの観客の拍手の中をゴール

佐藤圭一、2年連続でアジア王者に君臨!
アジア2連覇。次は世界での表彰台を狙う

2016年4月21日

アスリート交差点:「楽しい」が原動力 未来を開いた一冊(高桑早生 毎日新聞掲載コラム第6回)

毎日新聞 2016年4月21日掲載

アスリート交差点:「楽しい」が原動力 未来を開いた一冊=パラリンピック陸上・高桑早生

 30日から鳥取市で日本パラ陸上選手権が行われます。出場を目指すリオデジャネイロ・パラリンピックに向け、6月まで選考レースが続きますが、今回も私とパラ陸上との出合いについて話をしたいと思います。影響を受けたのは、2020年東京五輪・パラリンピックの招致演説をした佐藤真海さんの著書「ラッキーガール」です。骨肉腫で左脚の切断手術を受け、入院していた中学1年生の時でした。
 当時の病棟には、私と同じ病気にかかった同年代の子どもたちが集まっていました。私より先に入院していた女の子の母親が持っていたのが、やはり骨肉腫にかかって膝下を切断した佐藤さんの本。私の母も含め、子どもの病気について親同士で相談していて、紹介されました。本には治療の詳細なども書いてあるので、母としては落ち着くまで私には読ませたくなかったみたいです。でも、切断の手術を終えて体を起こせるようになった時に母のかばんの中に本が入っているのを見つけてしまって......。母は最初ごまかしていたんですけど、私は読み進めてしまったのです。
 内容もさることながら、私が引かれたのは本の表紙。佐藤さんが跳んでいる写真が載っているものでした。膝下からが義足の女性を見たのは初めてで「私もこういうふうになるんだな」というイメージがわいてきたのを覚えています。佐藤さんの闘病生活のことも書いてあり、その点も心の準備につながりました。抗がん剤の影響で髪の毛が抜けた時も「やっぱり私にも来たんだ」と、それほど動揺はしませんでした。いろいろな意味であの時に読んでよかったと思っています。病室だから携帯電話もインターネットも使うことができない。本の中にあった佐藤さんの姿が私の最初の希望となり、その瞬間から未来が開けてきました。
 「義足ですが、一緒に練習してもいいですか」。高校の陸上部に入る際にそう尋ねた一言が私の始まりでした。周囲の受け止めは「練習しなよ」と自然なものでした。同級生とトレーニングすることによって陸上での目標も見えてきました。
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 ■人物略歴
 ◇たかくわ・さき
 埼玉県熊谷市出身。小学6年で骨肉腫を発症し、中学1年で左脚膝下を切断した。初出場した2012年ロンドン・パラリンピックで陸上100メートル、200メートルともに7位。エイベックス所属。23歳。

2016年4月10日

安直樹、初出場のアジア選手権で7位に!

香港で4月7日(木)から10日(日)の4日間に渡って開催された、IWASアジア車いすフェンシング選手権2016。エイベックス・チャレンジド・アスリートの安直樹選手は、フルーレで7位、サーブルで9位の成績を収めました。また、日本代表として出場した男子フルーレ団体戦では3位となっています。

7日に行われたフルーレでは、リーグ戦2勝2敗、総合8位で決勝トーナメント進出。ベスト16で日本の加納慎太郎選手との同国対決を15-1で制しました。準々決勝の対戦相手は現在世界ランク1位の中国人選手。全力で立ち向かいますが、相手の技量を前に為す術無く1-15で敗れます。予選リーグの成績が考慮された最終順位は7位でした。

同日開催の男子フルーレ団体戦は、初戦の準決勝で香港と当たり25-45の力負け。出場3ヶ国中3位の結果に終わりましたが「団体戦は普段できないし、強豪の香港とやれたので、そこは日本チームにとってすごく良かったと思う」と、前向きなコメントを残しています。

9日のサーブルは国際大会で初めて挑戦する種目。予選リーグを2勝3敗でなんとか突破し、ベスト16でマレーシアの選手と対戦します。「悔しいですけど、今やればもうちょっと違う結果、、今更ですけどそれくらいの気づきができた」と振り返った試合は7-15で敗戦。「初めての試合だし、模索しながらやったところもあるんですけど、そんな中で相当気づきもあって、次につなげられる良い収穫」と初挑戦を評価しました。

次の国際大会出場は7月のポーランドでのワールドカップの予定。今大会で経験したことを糧とし万全の態勢で臨みます。世界への挑戦を続ける安選手に、引き続きのご声援をよろしくお願い致します!

安直樹、初出場のアジア選手権で7位に!
フルーレでは最低限の目標だったベスト8を達成

安直樹、初出場のアジア選手権で7位に!
手探りで臨んだサーブルでも見事決勝トーナメント進出を果たした

安直樹、初出場のアジア選手権で7位に!
世界トップレベルの中国や香港のフェンサーに多くを学んだ大会となった

2016年3月 6日

車いすフェンシング体験会に安直樹が登場!

3月5日(土)に東京の港区スポーツセンターで行われた「世界トップアスリートと一緒にスポーツ体験をしよう! 車いすフェンシング体験会 supported by avex」。エイベックス・チャレンジド・アスリートの安直樹選手が出演し、100名を超える参加者と車いすフェンシングを通して触れ合いました。

体験会は安選手、日本車いすフェンシング協会の小松真一会長、江村将太郎コーチの3人によるトークショーからスタート。安選手が車いすフェンシングを始めたきっかけや、競技の魅力、見どころを伝えます。次に3つある種目のうちフルーレを例にとり、両選手間の距離の決め方や、相手のどの部分を突くのと得点になるのかなど、実演しながらのルール解説。フェンシングはまだまだ日本人に馴染みのない競技のため全くルールを知らない参加者がほとんどでしたが、わかりやすい説明に納得の表情を見せていました。

続いては目玉の体験コーナー。まず剣の握り方をコーチに教わった参加者は、安選手との対戦に挑みます。子供から大人まで、初めて使う剣に戸惑いながらも、安選手の優しいアドバイスもあり真っ直ぐ突きを繰り出していました。

4月にはリオパラリンピック出場の最後のチャンスとなるアジア選手権に臨む安選手。体験会の最後を、参加者へのメッセージで締めくくりました。

「人生をかけて車いすバスケをやってきましたが、昨年車いすフェンシングに競技転向しました。バスケでは日本代表を目指していましたが、フェンシングでは目標を「パラリンピックで結果を出す」に変えました。とはいえまだ結果は出せていません。これから東京に向けて1つずつ結果を出していこうと思っていますし、僕が結果を出すことで車いすフェンシングが盛り上がれば良いなと思います。ぜひこの機会に車いすフェンシングを応援してもらえたら嬉しいですし、僕の挑戦も応援してもらえたら幸いです。」

車いすフェンシグ体験会に安直樹が登場!
実演を交えたルール解説はわかりやすいと評判だった

車いすフェンシグ体験会に安直樹が登場!
安選手を相手に突きの体験

車いすフェンシグ体験会に安直樹が登場!
記念撮影や直筆サインプレゼントには参加者の列ができた

2016年2月20日

アスリート交差点:「楽しい」が原動力 世界広げてくれた義足(高桑早生 毎日新聞掲載コラム第5回)

毎日新聞 2016年2月20日掲載

アスリート交差点:「楽しい」が原動力 世界広げてくれた義足=パラリンピック陸上・高桑早生

 もともと両親がテニスをやっていたこともあり、スポーツは好きでした。本格的にテニスを習い始めたのは小学4年。当時、父の転勤で生活をしていたシンガポールではマンションの敷地にコートがあり、テニスが身近だったことも大きかったです。帰国後もスクールに通い、「これから先、ずっとテニスと関わっていくんだろうな」と思っていました。
 左足に骨肉腫の兆候が出たのは、小学6年の秋。体育の授業の直後に足首の内側にじわっと来る痛みを感じました。「どこかひねったかな」という程度のものです。その後に腫瘍があることが分かり、その年の12月に最初の手術を受けました。腫瘍を取り除けば骨が再生すると言われていましたが、一向に骨ができない。中学1年の5月には再び入院生活に入ると、3回目の手術でがん細胞が見つかり、4回目の手術で左脚膝下を切断しました。2005年6月13日、月曜日のことです。
 主治医の先生からは切断以外に、患部を取り除いて足を残す方法を示されました。ただ、先生は私がスポーツが好きだということを知っていたので、「義足も良いものができている。切断してもまたスポーツができる」という話をしてくれました。命に関わる病状だと受け入れるのに精いっぱいだった中でも、ふとスポーツをすることが頭に浮かんだ。信頼する先生の言葉を信じ、自分の世界も広がると思い、切断をお願いしました。
 手術が終わって間もなく、義足を装着しました。入院してからは車いすで生活をしていたので装着したときは「地面に足をつけると、目線ってこんなに高かったんだ」と、自分の身長を初めて感じました。歩行訓練は1週間かかると言われましたが私は義足をもらってすぐに歩けてしまった。周囲が心配なく見ていられるような歩行になるまでは1年近くかかりました。
 中学ではソフトテニス部に入っていたので、退院後もとにかくテニスにかじりつきました。高校に進学して新しいことを始めてみようと考えた時に思い出したのが、中学2年の終わりに紹介された切断者の陸上チーム「ヘルスエンジェルス」。私自身、走ることもすごく好きだったことが陸上に取り組むきっかけとなりました。
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 ■人物略歴
 ◇たかくわ・さき
 埼玉県熊谷市出身。小学6年で骨肉腫を発症し、中学1年で左脚膝下を切断した。初出場した2012年ロンドン・パラリンピックで陸上100メートル、200メートルともに7位。エイベックス所属。23歳。

2016年2月15日

佐藤圭一、ジャパンパラで2種目表彰台!

2月13日(土)、14日(日)の2日間、長野県の白馬クロスカントリー競技場で開催された2016ジャパンパラクロスカントリー競技大会に、エイベックス・チャレンジド・アスリートの佐藤圭一選手が出場。2種目でいずれも3位という結果を残しました。

全国的に気温が上昇した週末、白馬も例外ではありませんでした。2日とも雨が降り、湿った重い雪面という悪いコンディションでのレースとなります。そんな中でも「思ったより悪くはなかった」とまずまずのタイムを記録。10kmクラシカル、5kmフリーの2種目で表彰台に立ちました。

大会を終えると、そのまま成田空港へ移動し次の大会開催地であるドイツへと飛び立った佐藤選手。休む間も無く転戦する佐藤選手へ、引き続きのご声援をよろしくお願い致します!

<成績>
10kmクラシカル:3位 29分29秒3(実測タイム:32分24秒3 × LW8係数:91%)
5kmフリー:3位 12分21秒3(実測タイム:12分52秒2 × LW8係数:96%)

佐藤圭一、ジャパンパラで2種目表彰台!

2016年2月 1日

上地結衣、全豪オープンでダブルス3連覇!

1月27日(水)から30日(土)まで、メルボルンで開催された全豪オープン2016。今年最初のグランドスラムに臨んだ上地結衣選手は、ダブルスで優勝し3連覇の偉業を成し遂げました。

「自分自身の調子があまり良くなかった」と大会後に振り返った上地選手。シングルスでは、初戦をフルセットの末に制しますが(6-0、4-6、6-2)、準決勝で接戦を演じるもストレート負け(5-7、5-7)を喫してしまいます。

新たなペアであるオランダのMarjolein Buis(マリヨレン・バウス)選手と組んだダブルスでは、苦しみながらも初戦を突破(6-4、7-5)。決勝戦ではペアとの息もぴったりと合い、6-2、6-2のストレートで快勝し、3年連続となるオーストラリアでのグランドスラムタイトルを獲得しました。

表彰式では、大会初日から声援を送って下さった日本のファンの方から拍手喝采を受けた上地選手。現地で観戦された方、日本から応援してくださった方へ「みなさんのおかげで後押しをしてもらい、常に気持ちを強く持っていくことが出来ています。引き続き応援宜しくお願いいたします!」と感謝の言葉を述べ、帰国の途に就きました。

上地結衣、全豪オープンでダブルス3連覇!
決して本調子では無かったが、ボールを確実に拾う粘りのプレーで勝機を得た

上地結衣、全豪オープンでダブルス3連覇!
Marjolein Buis選手とトロフィーを掲げる

2016年1月25日

峰村パラスイムスクワッド、オーストラリア遠征で好タイム連発!

1月22日(金)から3日間、オーストラリアのメルボルンで開催されたビクトリアオープンに、峰村パラスイムスクワッドの西田杏選手、小池さくら選手が出場。季節の逆転する南半球へのタフな遠征にも関わらず、自己ベスト連発の好成績を残しました。

一般の州大会に、別け隔てなくパラ選手が参加する今大会。地元水泳クラブのメンバーで埋め尽くされた観客席から熱い声援が飛ぶ中での競技となりました。両選手とも4種目ずつエントリーし、西田選手は2種目、小池選手は全4種目で自己ベストを更新!オーストラリアの地にしっかりと足跡を残してきました。

西田選手、小池選手が次の目標とするのは、3月6日(日)に静岡県富士水泳場で開催される、平成27年度春季静岡水泳記録会兼リオ・デ・ジャネイロパラリンピック派遣選手選考会。峰村パラスイムスクワッドの各選手に、引き続きのご声援をよろしくお願い致します!

【記録】
・西田杏(S8/SB7/SM8)
100mバタフライ:1分24秒54 ※自己ベスト
100m平泳ぎ:2分03秒77
200m個人メドレー:3分33秒96 ※自己ベスト100m自由形:1分24秒21

・小池さくら(S7/SB6/SM7)
50m平泳ぎ:1分00秒30 ※自己ベスト
400m自由形:6分06秒52 ※自己ベスト
200m個人メドレー:3分52秒77 ※自己ベスト
100m自由形:1分26秒66 ※自己ベスト

峰村パラスイムスクワッド、オーストラリア遠征で好タイム連発!
会場は屋根付きの屋外プール

峰村パラスイムスクワッド、オーストラリア遠征で好タイム連発!
後列左から西田杏選手、峰村史世コーチ。前列は小池さくら選手。

2016年1月18日

上地結衣、2016年初戦で単複準優勝!

1月12日(火)から16日(土)まで、シドニーオリンピックパークをメイン会場として開催された、2016Apia国際シドニー車いすテニスオープン。エイベックス・チャレンジド・アスリートの上地結衣選手が出場し、シングルス・ダブルスで準優勝を果たしました。

車いすテニスツアーの中では、グランドスラムに次ぐグレードのスーパーシリーズ(SS)の今大会。選手の顔ぶれは2週間後の全豪オープンとほぼ変わらないレベルの高いトーナメントとなりました。第2シードとして出場したシングルスでは、初戦から6-1 6-2、6-2 6-3、6-3 6-1とストレートでの快勝が続きましたが、決勝戦では第1シードのオランダ人選手にフルセットの末に敗れます(3-6 6-2 4-6)。

ダブルスは第4シードで出場。猛暑と雨により試合進行が滞り、連日深夜までプレーする過酷な状況下で、逆転フルセット(5-7 6-3 7-5)で準決勝を制し決勝へ進出します。決勝は2-6 4-6と敗れ、2016年最初のタイトル獲得は叶いませんでした。

初戦を終えた上地選手は、全豪オープン開催地であるメルボルンに移動。18日(月)から調整を兼ねて大会に参加し、27日(水)から始まるグランドスラムへ備えます。2016年さらなる飛躍を目指す上地選手に、変わらぬご声援をよろしくお願い致します!

上地結衣、2016年初戦で単複準優勝!
気温が39度まで上がることもあった日中の試合にて

上地結衣、2016年初戦で単複準優勝!
夜間は気温こそ下がるが、雨天中断による長い待ち時間があり、決して簡単なトーナメントではなかった

2016年1月 6日

アスリート交差点:「楽しい」が原動力 原点に戻り走り込む(高桑早生 毎日新聞掲載コラム第4回)

毎日新聞 2015年12月25日掲載

アスリート交差点:「楽しい」が原動力 原点に戻り走り込む=パラリンピック陸上・高桑早生

 ドーハで10月に行われた国際パラリンピック委員会(IPC)世界選手権では、走り幅跳びで銅メダルを獲得しました。目標としていた5メートル台(5メートル09)の記録を出し、跳躍競技ではこれまで漠然としていた好成績への思いが「メダルを取りに行こうと思えば取れる」と、輪郭がはっきりしてきたように感じています。一方で、100メートル、200メートルの短距離種目では決勝に進めませんでした。この冬の取り組み方に対する意識の変化を与えた大会でもありました。
 走り幅跳びにも課題はまだあります。踏み切るときは義足である左を使うのですが、その後の滞空時間が短いということです。長く跳ぶためには、反対側の右の健足(義足をつけていない方の足)を振り上げる必要があります。そうすることによって、斜め上に飛び出すようなイメージになる。この感覚をつかむためには、何度も踏み切りの練習をして体に覚え込ませる必要があります。
 改善点がありながら幅跳びに手応えをつかんではいますが、私のアイデンティティーは走ることにありますし、それは変わりません。短距離に次ぐ位置づけだった幅跳びの記録が伸びているのは、自然な流れ。競技に相関性はありますが、取り組み方の時間軸が違う。そう考えると、幅跳びもいつか記録が伸びなくなる時期が来ます。ジャンパーに転向しようという考えにならないのは、幅跳びがうまくいったことによって、短距離に対するこだわりが増したからでもあります。
 この冬はもう一度、自分の原点に立ち返ることにしました。やはり、いっぱい走り込むことに尽きます。リオデジャネイロ・パラリンピックは来年。持ち味である力強い走りをもっときめ細かく磨いていく必要があるのかもしれませんが、基礎の部分を高めていくと考えれば不安はありません。
 結果を残しても、悩みが残る。そういう意味では競技者としてレベルアップしたのかなとも感じます。コラムのタイトルにあるように「楽しい」から競技をする気持ちに変わりはありませんが、ようやく自分の立ち位置が理解できた。リオを前に、非常に大切なことに気づいたように思います。
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 ■人物略歴
 ◇たかくわ・さき
 埼玉県熊谷市出身。小学6年で骨肉腫を発症し、中学1年で左脚膝下を切断した。初出場した2012年ロンドン・パラリンピックで陸上100メートル、200メートルともに7位。エイベックス所属。23歳。

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