アスリートレポート

2015年9月 3日

アスリート交差点:「楽しい」が原動力 「幅跳び」にも欲が出た(高桑早生 毎日新聞掲載コラム第2回)

毎日新聞 2015年8月25日掲載

アスリート交差点:「楽しい」が原動力 「幅跳び」にも欲が出た=パラリンピック陸上・高桑早生

 7月末にロンドンで国際パラリンピック委員会(IPC)陸上グランプリファイナルがあり、走り幅跳びで銅メダルを獲得しました。大きな国際大会でのメダルは初めてです。私の中で幅跳びは、100メートル、200メートルに次ぐ「3番目」の競技という位置づけ。短距離種目をやっていてスピードはついているので、踏み切りと勢いが良ければいい記録が出るとは思っていましたが、正直びっくりです。
 今回の大会を通じて、幅跳びでも「欲」が出てきました。記録は4メートル56でしたが、もう少しで銀メダルも取れたと思うので、「こうしておけば......」という反省もあります。目標が高くなるのは当然のことだと思うし、5メートルもいずれ到達できる現実的な数字になりました。走る方で活躍したいという気持ちは今も強いですが、幅跳びでも取り組み方に変化が起きました。
 グランプリファイナルの会場は、五輪スタジアム。足を運ぶのは、初出場した2012年パラリンピック以来でした。今回の大会でもたくさんのお客さんが来てくれて、当時をほうふつさせました。選手同士でも「パラリンピックを思い出すね」と会話を交わしていました。
 ロンドンに行って感じたのは、現地の人たちの五輪スタジアムに対する「思い」です。障害者アスリートのパフォーマンスを楽しみにしてくれているのと同時に、ロンドンの人たちはあのスタジアムに行きたいと思っている。当時の雰囲気をうまく引き継いでいて、みんな楽しそうにしていて。「これがレガシー(遺産)なのかな」と感じました。日本でも20年東京五輪・パラリンピックが終わった後も多くの人が「行きたいな」と思える競技場ができてほしいですね。
 来年9月のリオデジャネイロ・パラリンピックまで1年近くになりました。あと1年で何ができるかがすべてだと思っています。私には残りの時間で経験をさらに積み重ねることができるという手応えがあります。そして、ロンドンの頃の新鮮な気持ち、挑戦者精神を忘れずにいたいと思っています。もしかしたら、リオが私にとって本当のパラリンピックになるのかもしれません。
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 ■人物略歴
 ◇たかくわ・さき
 埼玉県熊谷市出身。小学6年で骨肉腫を発症し、中学1年で左脚膝下を切断した。初出場した2012年ロンドン・パラリンピックで陸上100メートル、200メートルともに7位。エイベックス所属。23歳。

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